第32回 映画『鋼の錬金術師 嘆き(ミロス)の丘の聖なる星』と「もしジブ」シリーズ

[  カテゴリ  氷川竜介のチャンネル探訪  ] 2011年07月04日 11:49

7月2日から待望の映画『鋼の錬金術師 嘆き(ミロス)の丘の聖なる星』が公開です。すでにテレビシリーズで2回、劇場映画化も2回目となった超人気作です。
今回はスピンオフとして、高いところから谷底へ落ちるなど王道の冒険活劇をめざした作品ということで、アニメーション本来のもつ画の構築力、つまり世界観を成立させる空間描写とアクションの魅力を存分に引き出した必見の娯楽映画に仕上がっています。
 もちろん作画力では定評のあるボンズの作品なのですが、注目したいのは今回のメインスタッフが、スタジオジブリ出身だということです。
『ミロス』の監督・村田和也は、『コードギアス 反逆のルルーシュ』の副監督としても知られていますが、ジブリ演出研修の第1期生で、キャラクターデザイン・総作画監督の小西賢一もジブリが研修生制度を始めた第一期生として入社したアニメーターなのです。
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 スタジオジブリとは東映動画(現:東映アニメーション)が半世紀前に長編漫画映画を作り始めた時期から連綿とつながる、日本の伝統的な手描きアニメーションによる映画づくりを高畑勲・宮崎駿という東映動画生え抜きの監督が継承した現場です。そういう意味でこれまでのスタイルとはひと味違う映画のにおいがするのも、当然と言えば当然でしょう。非常に奥行き感にあふれた構図や、ひたすら驚きのある動きの積み重ねで見せる錬金術バトルなど、冒険の王道である物語とシンクロして、アニメーションの王道も楽しめるという相乗効果の仕掛けが、今回の映画最大のみどころでしょう。
 筆者はよく冗談めかして「もしジブ」シリーズと呼んでいるのですが、「もしジブリ出身のスタッフが○○を手がけたら」という一群の作品は確実に存在しています。たとえば「もしジブ・富野アニメ版」が、小西賢一と同期入社の吉田健一がキャラデザと総作画監督を担当した『オーバーマン キングゲイナー』、「もしジブ・今 敏アニメ版」が、やはり同期の安藤雅司(『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』の作画監督)がキャラデザと作画監督を手がけた『東京ゴッドファーザーズ』『妄想代理人』『パプリカ』というわけです。
 小西賢一に話を戻せば、スタジオジブリ時代の代表的な仕事は『ホーホケキョ となりの山田くん』の作画監督で、ここで筆のタッチを活かした作画が話題になりました。これがやはり線の強弱を活かした『ドラえもん のび太の恐竜2006』(もしジブ・ドラえもん版)につながっているわけで、作画の仕事として非常に面白い試みを打ち出している注目のアニメーターです。フリーになって以後の小西賢一は、今 敏監督の『千年女優』の作画監督を手がけ、森田宏幸監督(『猫の恩返し』の監督)によるGONZO制作の『ぼくらの』でキャラクターデザインを担当するなど、柔らかい作品からハードな作品まで、幅広い仕事のできる万能選手という印象もあります。
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 今回の『ミロス』でも、荒川弘によるマンガ版の少し柔らかめのキャラの特製を活かしつつ、こうした硬軟取り混ぜた小西賢一・作品歴の集大成になっているなと、筆者は感慨深く見ました。もちろんハガレンらしい、真剣に生きるエルリック兄弟が生命の根幹に迫るというハードなストーリーはでハラハラドキドキと魅力的に見せつつ、夏という「アニメの季節」にふさわしい娯楽映画としての満足感もありつつ、新しい地平を見せてくれた気がします。そこに「もしジブ」シリーズ最新作・ハガレン版という側面があるというのは、興味深いことだと思います。
 いまやスタジオジブリは一種のブランド化していますが、ブランドが自動的に作品をつくるわけはありません。
いろんな場所で、あまり知られずに花開くジブリ的なものにも注目してほしいのです。アニメーションは共同作業ですし、あくまでも「人」がつくるものです。培われた伝統の技術が、人にくっついて種のように広がり、いろんなスタジオ、いろんなクリエイター、いろんな原作に根をおろして融合することで、またそこから新しいアニメの花が咲く。こうした発展的な流れをみることもまた、アニメ鑑賞の楽しみのひとつなのです。
 エンディングクレジットをよく観察すると分かりますが、ここで挙げたアニメーターたちは、誰かがメインのときには原画に入るなど、つねに「互助」の関係にもあります。日本のアニメの魅力は「手描き」にあるとよく言われます。それを支える「人」の秘密も、そんなところからかいま見えるのではないでしょうか。では、また次回(敬称略)。

第31回 『TIGER & BUNNY』と さとうけいいち監督のヒーロー魂

[  カテゴリ  氷川竜介のチャンネル探訪  ] 2011年06月17日 11:41

注目の人気作となった『TIGER & BUNNY』。ホントに面白いですね。
軽妙なテンポで進む、ベテラン&ルーキーの「バディ(相棒)もの」はエンターテインメントの王道でもあります。各キャラのヒーローとして活躍する格好良さと、どこかダメなところがある人間くささのギャップが魅力で、笑ってジンとくる作品です。アメリカンコミックに通じるスーパーヒーローものという、ある種の様式美を活かした題材と世界観もすばらしい。
まだまだ未開の大きな鉱脈があると感じられるところも、嬉しいですね。
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監督のさとうけいいちは、デザイナーとしても大活躍しているクリエイターです。
特撮ものも手がけ、『百獣戦隊ガオレンジャー』や『忍風戦隊ハリケンジャー』、『ウルトラマンマックス』など王道中の王道の作品を担当しています。
アニメのデザインではキャラクター、メカ(巨大ロボ)、コンセプトと、世界観ふくめてまるごと構築した『THE ビッグオー』(片山一良監督)が代表作と言えるでしょう。
これは『TIGER & BUNNY』をポジにたとえるならネガに相当する作品で、雰囲気のいいスタイリッシュな作品です。
 『THE ビッグオー』の舞台は、すべての記憶をなくしたパラダイム・シティ。
ダークでモノトーン風の都市はニューヨークがベースです。
主人公ロジャー・スミスは元軍警察で、凄腕のネゴシエイター(事件を解決する探偵みたいなもの)。
美少女アンドロイドのドロシーを連れて難事件の解決に挑みますが、屋敷には老執事がいて黒塗りの武装セダンで活躍するなど、アメコミ的でハードボイルドな道具立ても満載です。
 巨大ロボットの表現が、さとうけいいちが作画監督として参加したOVA『ジャイアント・ロボ THE ANIMATION -地球が静止する日』に通じるレトロなムードなのも、様式美を感じさせる一因です。腕時計型通信機を使うことで現場へ出動する“THE ビッグオー”と敵対するメガデウスは、アニメなのに人間が入った着ぐるみのようなプロポーションのデザイン。
特撮テイストのバトルも嬉しい娯楽ヒーロー作品なので、必見でしょう。


 そして、さとうけいいち企画・原案・監督作品のOVA『鴉 -KARAS-』も、『TIGER & BUNNY』に通じる道として、ファンには嬉しい発見が多くある作品でしょう。

こちらは和風テイストを強調しています。現実とは少しズレた禍々しい雰囲気に包まている異世界風の新宿が舞台。カラスは都会に多く棲息していますが、もしそれが「街の守護者」だったら、という発想がユニークです。戦う相手はメカと融合したハイテク妖怪と、これも和風。タツノコプロ40周年記念作品でもあり、等身大のスーパーヒーローが肉体を駆使した凄絶なバトルを行い、臨機応変に飛行形態などメカ風に変わるあたり、『破裏拳ポリマー』などかつてのタツノコヒーローを彷彿とさせます。
 映像表現も実に特徴的。変身前のキャラクターは手描き作画の2Dですが、“鴉”や妖怪たちは基本的に3DCGによって描写されています。ただしモーションキャプチャは使用せず、あくまでも「手づけ」にこだわってのケレン味あふれるアクションは、殴る・蹴るの重い実感にあふれ、流麗に日本刀をさばくポーズもカタルシスがあります。
 “鴉”に変身する乙羽と妖怪側で大きな役割をはたす鵺(ぬえ)と、やはりバディものの変形みたいなところもありますね。
映像へのこだわり、ヒーローと仲間の関係、池頼広によるハリウッド大作みたいな重厚な音楽などなど、さまざまな要素が『TIGER & BUNNY』へと受けつがれているようにも思えますね。
 どんな作品にも連綿とつながる文脈があるという意識で見ると、また新たな発見があることと思います。
では、また次回(敬称略)。

第30回 新海誠監督作品にみるピュアな映像表現の魅力

[  カテゴリ  氷川竜介のチャンネル探訪  ] 2011年06月03日 12:26

新作映画『星を追う子ども』が話題の新海誠監督。
今回は第28回でとりあげた『ほしのこえ』に続いて発表された劇場映画を通じ、その魅力を探っていくことにしましょう。
 新海誠作品では、いつも淡く描かれた雲と鮮やかな夕陽など、美しい光で彩られた風景が印象に残ります。

その表現は技術的には背景画と撮影効果のあわせ技を使い、
デリケートでありつつ、力強く心に迫ってくるパワーをそなえています。
 そしてテーマ的には、「誰か他の人に対する強い想い」が必ず中心に位置しています。その心の力とは、はたして時間や空間など物理的な《障壁》を乗り超えられるのか。そうした課題が、物語の中で問いかけられるという共通点があります。 この「風景と心」は、けっして別々に表現されているわけではありません。アニメーション映像の素材は「絵」ですから、風景も「何に注目したか」「どう美的に描くか」という人の心が関与したものとして画面に出てきます。そして、言葉と同様に内容や感情を語りかけるように機能するのです。風景がきれいに見えることと、心の問題が純化されて描かれることには強い関係がある。だからこそ言葉では描写不可能な感動に昇華するのだということです。
 そしてアニメは総合芸術ですから、音楽も大きな役割をはたします。

物語と風景とキャラクターの心情を流麗な天門の音楽が橋渡しすることで、アニメでなければ不可能な表現へと高まっていく。
短編『ほしのこえ』ではこうした属人性の強い個人作品ならではの作り方が高い評価を受けたわけですが、2005年に発表された『雲のむこう、約束の場所』は、新海誠監督初の劇場用長編です。

スタッフを集めて作画や背景など制作をおこなう集団作業になったわけです。そんな環境変化の中でもピュアな世界観と物語づくりを損なわず、クリエイター間で共有して作家性を貫ききった手腕は見事なものです。

 物語的には病気で眠り続ける少女と、日本を分断する国境線の向こうに建設された「塔」の関連という《謎》を中心に、
2人の男子高校生の葛藤と救出劇が描かれていきます。美しいだけでなく、銃撃戦などハードな描写も登場。
ほしのこえ』では短編ゆえに雰囲気押しが多いのですが、
率直に言って長編化にともなってキャラクターの心理や行動の根拠が若干、薄くみえてしまう部分もあります。

クライマックスの奇跡含め、人によっては説明不足に感じる部分も多いと思いますが、逆にのめりこんでしまえば、映像がダイレクトにぐっと心に迫ってくるはずです。その意味で、『ほしのこえ』の印象を継承した作品であることは間違いないでしょう。

 人の想いと世界の成り立ちが直結する物語構造は、
1990年代後半から2000年代前半を代表する共通傾向で、そうした「セカイ系」の代表作と評価されることも多い作品でもあります。
しかし、それは否定的な意味ばかりではないと思います。そうした手法でないと描けないものがあるということ。
商業アニメの文脈と異なるところから登場した作家ですから、そこにも価値があるはずです。
そんな独自の表現と存在感を、存分に味わってみたいですね。では、また次回(敬称略)。