第44回 『トップをねらえ!』が心にそそぎ込む奇跡のエネルギー

[  カテゴリ  氷川竜介のチャンネル探訪  ] 2011年12月26日 19:38
BD-BOX化を記念して、『トップをねらえ!』シリーズ全話が無料配信中ですね。
アニメの歴史を変えた記念碑的な作品が、時代を超えてより多くの方に観ていただけるのは、非常に嬉しいです。
「シリーズ」と言っても、1988年の庵野秀明監督による第1作目『トップをねらえ!』、

2004年の鶴巻和哉監督による『トップをねらえ2!』と、OVAが各6話というのがオリジナルです。

そして『合体劇場版』として2006年に再編集+新作で公開されたバージョンがあります。

 OVA版は合わせて12話分ですから、1クールアニメとあまり変わらないですね。年末年始の機会に一気に観ていただければと思います。1と2でテイストが違うので戸惑いを感じられるかもしれませんが、実は……という仕掛けもあるので、「一気」には意味があるかと。お時間のない方は1作目の6本までだと3時間と長めの映画と同じですし、さらに時間がなければ「合体劇場版」と、さまざまな楽しみ方ができるタイトルです。
 筆者はその第1作のBD-BOX解説書を担当している関係で、まさに第1作目の映像や資料に触れている最中です。
今さらながらに驚くのが、作品のいたるところに充ちあふれたパワーの熱さですね。もちろん後に『新世紀エヴァンゲリオン』('95)など時代を変革するクリエイターたちの若き日々の作品であることも大きな理由ですが、そうしたネームバリューだけでなく、アニメが持っている根源的なエネルギーを感じます。
 今年は大災害があり、各地が不幸に見舞われました。また、アニメや特撮を支えてきたクリエイターや関係者が去年に続き大勢亡くなっています。そんな部分だけ見れば、大きな逆境にあると言えます。
しかし、どんな逆境だとしても、各自があきらめずに自分を信じて、自分にしかできないことを行動し続ければ、奇跡を起こすことも可能だ……。そんな力強い確信が『トップをねらえ!』から伝わってきて、涙せざるを得ませんでした。

 この作品で描かれている宇宙怪獣の襲来は、人類を絶滅寸前に追いこんでいきます。実は銀河系規模の宇宙的な意志で行われていると分かっても、それでもなお生き延びようと懸命に戦うちっぽけな地球の人類たち。もちろん反発の意志はアニメらしい華やかな宇宙艦隊戦やロボットバトルに置き換えられ、エンターテインメントとしての映像の快楽も存分に追求されてます。しかし、作り手たちがキャラと一体になって「本気」の確信を見せて、その場にいる気分で演出しているところがやはりすごい。
20数年が経過してなお魂を震わせてくれます。
 第1話では体操着にしか見えない露出いっぱいの制服を着た少女たちが、パイロット養成学園でロボット操縦訓練の授業……という、オタク向けアニメの先駆者的なところから出発。『エースをねらえ!』のパロディ的な笑いを交えつつ、泣きべそ少女タカヤノリコの「努力と根性」のストーリーが始まるわけですが、それが第1作最終回では、彼女が銀河系規模の災厄を前に全人類を救うところまで行ってしまうわけです。

 こうまとめてしまうと「奇跡」もお安く聞こえかねないわけですが、決してそうではありません。映像を観てるうちに物語に飲み込まれてしまい、「奇跡」を信じられるパワーが観客の心の中にそそぎ込まれていきます。ごく小さく折りたたまれた風呂敷が、話数を重ねるたびに次第に大きくなっていくような、サイズが拡がる感覚そのものが、快感なんですね。その拡大のきっかけも、人であれば誰もが覚えるごく自然な感情として示され、必ず誰かと誰かの感情の変化をベースに転機が訪れることも共感を呼びます。
 出発点も転機も本当に等身大の気持ちで描かれてるだけに、悠久の時間と空間を超える奇跡でさえも信じられるようになってくる。その奇跡を起こすための「火」は、実は人間誰もの心にあるのだということが、再認識できる作品です。
ですから、まさにこれは今だからこそ観られるべき作品だと思います。
一人でも多くの方に、作品を通じて元気になっていただきたいですね。
では、また次回(一部敬称略)。

(C)BANDAI VISUAL・FlyingDog・GAINAX
(C)2003 GAINAXTOP2委員会
(C)BANDAI VISUAL・JVC Entertainment・GAINAX(C)2003 GAINAX/TOP2委員会

※『トップをねらえ!』シリーズ全話無料配信は2011/12/31 2359までの期間限定キャンペーンです。

第43回 空中の実体験を反映した『マクロスプラス』の映像

[  カテゴリ  氷川竜介のチャンネル探訪  ] 2011年12月12日 18:04

シリーズ中屈指のクオリティを誇る『マクロスプラス』および『マクロスプラス MOVIE
EDITION
』。
アクセス数応援ということで、もう少し話を続けましょう。


(C)1994 ビックウエスト/マクロス製作委員会


 マクロスシリーズの良いところは、少し時間が経ってからの方がよくわかる先端の問題意識を反映したテーマ設定や、
「なんでまたこんな無茶なことを」と思えるほどの高密度映像に出逢えることでしょう。
OVAの『マクロスプラス』では特にそういう側面が強くなっていると思います。



(C)1994 ビックウエスト/マクロス製作委員会
(C)1995 ビックウエスト/マクロス製作委員会


 マクロス定番の歌姫シャロン・アップルは初音ミクを10数年も先取りして人工知能が産み出したバーチャルアイドルという設定。
ミュージシャンのPVでも知られる森本晃司の手がけたコンサートシーンでは、模索中だったセルアニメとCGの融合が多用され、
アニメーション撮影台では不可能な大きなカメラ移動、
手描きでは難しい幾何学図形との合成などなど驚きのビジュアルが続出します。
シャロンはコンピュータによるキャラクターという設定なので、それと親和性のある使われ方がポイントです。
プリントアウトとセルの組み合わせのローテクからフォールド中の金属的な質感のテクスチャ処理のハイテクまで、映像の持ち味を演出に応用して均質化を避けている工夫も、非常に好印象です。

 

(C)1995 ビックウエスト/マクロス製作委員会


 もうひとつ本作の大きな注目ポイントは、「模擬空中戦の体験を反映したドッグファイト」です。
板野一郎特技監督と河森正治総監督がアメリカにわたっての空中戦は、筆者も最近になって河森監督自身の口から体験談をうかがい、感銘を受けました。

 教官を横に乗せて飛び、操縦方法を習った上で自分でスティックを握っての模擬空中戦では、2機で飛びながらすれ違った後に戦闘開始。空中戦では闇雲に撃っても当たらないので、軌道を合わせて「後ろをとってロックオン、ファイヤー」というのが作法になります。犬が互いの尾を狙って争う「ドッグファイト」と呼ばれるのはそのためです。その射線を合わせる体感が『マクロスプラス』には焼きついているのです。


 特に面白かったのは、実際の飛行機の操縦がゲームセンターの操作とはまるで違うという話です。

ゲームではフレーム内を見て自動車のように左右にスティックを振って進行方向を変えますが、飛行機は羽根がついていてその揚力で飛んでいるため、上昇することしかできません。右に行こうとしたときには、機体をひねりながら回って上がることになりますし、視線も真正面には向きません。『マクロスプラス』ではその体験から、すべてを「上昇旋回」としてきちんと描かれているのです。

 もうひとつ興味深かったのは「Gの表現」です。
人間の身体はムクのフィギュアではないので、内部にさまざまな液体があります。
いきなり急加速してGが加わると、その液体に影響が出るわけです。
多くのSF映像作品では演出上の都合でこれが無視されていますが、それも反映したとのこと。
飛行中は6G以上出ていて首が回らず、しかしアドレナリンの影響で妙にハイになって痛くはないとか、
血が偏って視界がフッと消えてしまうブラックアウト経験をした板野一郎は飛行機から降りてすぐその感じをコンテに起こしたとか、壮絶な談話ばかりでした。
 クライマックスの戦闘では、パイロットの身体が大変なことになるシーンもありますが、すべてが実体験から導き出されたこと。
そんな作品はなかなかないと思います。ぜひとも体感を反映したドッグファイトを疑似体験してください。
では、また次回(一部敬称略)。


第42回 マクロスの歴史を転換させた『マクロスプラス』と『マクロス7』

[  カテゴリ  氷川竜介のチャンネル探訪  ] 2011年11月29日 18:55
 2012年に30周年を迎えるマクロスシリーズは、初代『超時空要塞マクロス』から時間を追って発展しているクロニクル(年代記)の流れをもってはいます。しかし、ほかの作品のように緻密な年表に縛られるような厳密さがないところがユニークです。
 たとえばTVシリーズ『超時空要塞マクロス』と劇場版の『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』は大枠で同じ話ですが、敵側の設定やキャラの性格づけなどが異なっています。これは、それぞれの作品が「事実をもとに再構築されたフィクションである」というスタンスをとることで、食い違いがあっても「解釈の違い」に落ち着けているわけですね。
1992年のOVA『超時空要塞マクロスII -LOVERS AGAIN-』も、そういう意味で傍流的な扱いになっているはずです。
 『マクロスF』にまでつながる流れで非常に重要なのは、1994年にOVAと劇場版で制作された『マクロスプラス』と、同じ年に平行してTVシリーズで放送された『マクロス7』です。この時期からマクロスサーガの方向性はさらに拡がり、物語の舞台も地球と太陽系を離れて、銀河播種計画(宇宙移民)を前提に大きく拡がっていきます。この2作品は、まさに歴史の転換点なのです。


 第1作目から、「宇宙船の中に街がある」という設定は核になっていました。現実とそれほど変わらない生活空間で日常描写も重ねつつ、銀河系規模のスケールの大きな旅を敢行する中で、戦闘のサスペンスとカタルシスもある。そんな多様な要素の接続は、「都市型宇宙船」の設定が可能にしたものです。規模をドーム型居住区をもつ宇宙船団にまで拡大させたのが『マクロス7』で、『マクロスF』もそれを直接的に継承しています。

 一方の『マクロスプラス』は、移民済みの惑星エデンにおいて次期主力戦闘機のコンペが行われるという、舞台としては地上ものです。しかもマクロス名物「三角関係」は「女性ひとりに男性ふたり」という珍しい比率になっています。
 総監督は河森正治ですが、ディテールを重視し、地に足のついた演出の監督は渡辺信一郎、エスニック調をとりいれた斬新な音楽は菅野よう子と、後に『カウボーイビバップ』で人気を博すコンビが注目されるきっかけとなった作品でもあります。オリジナルキャラクターデザインは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の監督で知られる摩砂雪で、独特のシャープさで青春と大人の中間ぐらいの絶妙な年齢にある人物像を描き出しています(同時期にはアニメ版『帝都物語』も担当)。
 『プラス』にちょっと大人な雰囲気をもった作品という評価があるのも、アニメチックな華やかでポップな雰囲気をもつ『マクロス7』と対照的にした結果で、ある種のアダルトなテイストをもつスタッフ陣の渋めの個性が大きく影響していると思います。また、OVA・劇場という前提もあってキャラ描写もメカ描写も濃密で、その点も大人っぽいです。

 特に板野一郎によるバルキリーのドッグファイトは、作画で描かれる戦闘シーンのひとつの頂点を極めたと言って過言ではありません、驚くべき立体感あふれる視点移動の快感と同時に、メカの挙動からリアリティの重みが伝わってきます。マクロスと板野サーカスを語るうえでは必見の作品。劇場映画化された『マクロスプラス MOVIE EDITION』の方がまとまりが良いのと戦闘シーンが濃密なので、お得ではないかと思います。では、また次回(一部敬称略)。


(C)1994 ビックウエスト/マクロス製作委員会
(C)1994 ビックウエスト/マクロス7製作委員会
(C)1995 ビックウエスト/マクロス製作委員会