今 敏(こん さとし)監督のあまりに早すぎる死去は世界中に衝撃を与えました。8月24日、46歳で物故。
新作アニメーション映画『夢見る機械』を制作中のことでした。
短編を除けばアニメ作品は劇場映画4作、TVシリーズ1作と数は少ないものの、独特な作風は他の誰とも違う
強烈な印象を残しています。まさに「異才」と呼ぶにふさわしい作家でした。
そのフィルモグラフィ中、重要な足跡が監督作品以外にもバンダイチャンネルにも残されています。
駆け足ですが、異才の証を追ってみたいと思います。
まず監督デビュー作の『PERFECT BLUE』(1997年)。

90年代の日本を舞台に、アイドルのイメージから脱しようとする女性の巻き込まれる連続殺人事件を描いた
サイコサスペンス仕立ての物語です。
注目はそのスキのない現実描写です。特にひとり暮らしの女性が生活するマンションの室内描写は、
調度品や小物類などあまりに緻密で驚嘆します。


(C)1997 MADHOUSE
熱帯魚のいる水槽が彼女の孤独感をかきたて、やがて物語に組み込まれて恐怖を盛りあげるなど、
単に細かいだけでなく計算された映画のパーツとして成立しているところが今 敏監督らしい特徴です。
今 敏作品はあまりにリアルなので「実写で撮れば」とよく言われるそうですが、『PERFECT BLUE』は絶対に
アニメでないと描けないある仕掛けがあります。
その仕掛けにも少し通じるトリッキーな構成で一人の女優の生涯を圧縮して描いたのが、ドリームワークスで
配給され世界的にも評価された『千年女優』(2001年)です。
引退して老境にさしかかった名女優にインタビューしているうちに、出演してきた映画の内容と自分の半生の回想とが
次第に入り交じるという展開で、主人公を大きく3人の声優が演じてキャラをつくっていくのが実にユニークです。


(C)2001 千年女優製作委員会
虚構と現実、本音とウソが映画的な「編集」のマジックで重ねられ、化学変化が起きる中から「人生」に潜む「真実」が
浮き彫りになるという映像表現の中核には、監督の死生観もよく出ていると思います。
スタッフ参加の作品にも注目していきましょう。今 敏監督は漫画家としてデビュー、当初は大友克洋の『AKIRA』で
アシスタントもしたという話は有名です。
そんな親交から生まれてきたのが大友克洋監督の実写映画『ワールドアパートメントホラー』(1991年)で、原案を今 敏が担当しています。今 敏による漫画版もあるのですが、現在入手難なのが残念です。



(C)1988マッシュルーム/アキラ製作委員会 (C)1991 Aniplex Inc., Quarter Flash Inc. (C)TOKYO THEATERS CO.,INC./KADOKAWA SHOTEN PUBLISHING CO,.LTD./MOVIC CO.,LTD./TV Asahi/Aniplex Inc.
同時期のコラボ作品『老人Z』(監督:北久保弘之/1991年)は原作・脚本・メカニックデザインが大友克洋で、今 敏は美術設定を担当。これは実際には登場シーンごとに設定を描いていたもので、監督時代の今 敏作品を特徴づけるレイアウトが中心だったそうです(レイアウト、原画でもクレジット)。
そのレイアウトシステムを中核においた歴史的な作品が押井守監督の『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993年)。
今 敏はレイアウトマンとして参加していますが、鍵となる東京の風景など「ここぞ」と言われる部分を多く手がけたと言われています。


(C)1993 HEADGEAR / BANDAI VISUAL / TOHOKUSHINSHA / Production I.G
今 敏のレイアウトの特徴は、レンズの焦点距離など理屈をベースにした正調の部分に「あれ?」と観客が思う破調の部分にあるそうです(今 敏監督への取材からの印象)。
レイアウトには「次はどうなる?」という期待や不安を観客に喚起させる機能があり、加えてある種の「主張」をこめることも可能なのです。それは『P2』全体の意図でもあったわけですが、その要求に的確に応えていたレイアウトの傑作を観ることができます。
その今 敏の美術・レイアウト時代の集大成が、大友克洋原作の『MEMORIES 彼女の想いで』(1995年)です。
この作品では「脚本、設定:今 敏」とクレジットされていますが、宇宙に漂う遭難船の驚くべきディテールを執念の描きこみで積み上げています。

(C)1995マッシュルーム/メモリーズ製作委員会
ムックなど印刷物に掲載された今 敏のレイアウト、美術設定は線画なのに紙が黒くほどの情報量で、圧倒されます。
しかしこれは、映画のトリックにもなるビジュアルのために必要な描きこみだったというあたりが、今 敏らしい作風でした。
物語も含めた監督作品の評価は今後いろんな方が試みると思いますが、まずはバンダイチャンネルに登録された作品の流れから、今 敏監督が何を見つめ、どんな価値観でアニメーションに関わってきたかが、よく見えると思います。
どうか安らかに。合掌。