第28回 『ほしのこえ』デジタル時代の旗手、新海誠監督の自主制作アニメ

[  カテゴリ  氷川竜介のチャンネル探訪  ] 2011年05月06日 10:27

新海誠監督の最新長編アニメ映画『星を追う子ども』が5月7日から公開されます。従来とは作風が少し違っていて、名作アニメなどでおなじみの伝統的な絵柄で地底世界への冒険の旅を描いたファンタジー作品です。

新海誠作品の多くもバンダイチャンネルで見ることができるので、この機会に復習をかねてその歩みをたどるのも
良いのではないでしょうか。
まず何といっても必見は自主制作アニメ『ほしのこえ』……2002年、たったひとりで作り上げた30分の短編です。

(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films
宇宙軍の人型兵器のパイロットに選ばれた女子中学生が戦闘のため地球を出発。残された同級生の男子と携帯メールを手がかりに想いを伝えあう。だが、宇宙で距離が離れるにつれて送受信の間隔があいていく……。
SF的な設定とストーリーではありますが、中心に据えれているのはピュアな感情です。特にふたりでかつて見た風景を中心に、背景画と撮影処理で彩られたビジュアルは鮮烈な印象を残します。
最初は下北沢の小劇場公開からスタート。DVD化と前後してアニメ雑誌の表紙に取り上げられ、エポックメインキングな作品に位置づけられるようになっていきました。2000年代序盤はデジタル技術が急進し、インターネットや携帯電話が大きくメディアのあり方とコミュニケーションを変えていった時期です。主人公ふたりの対話や手を握るなどの接触よりも、携帯メールによる文章から触発される想いの方にウエイトがおかれた『ほしのこえ』は、まさにそうした時代性の変化を象徴した作品だったのです。
 
(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films
商業アニメも同時期、ペイント、撮影、編集、音響を中心に工程が急ピッチでデジタル化されていきました。急激に低価格・高性能化したPCの普及をバックにしたことでしたが、結果的にプロとアマチュアのハードに本質的な差がなくなったのです。すでにパソコン雑誌では簡易な3DCGツールがフリー配布され、自主制作アニメの世界にもデジタル化の波は来ていたとはいえ、趣味の域という認識が大半ではありました。ところが『ほしのこえ』のその充実した映像美は、ソフトウェア的な面でもプロ・アマの本質的な差がジャンプし得ることを実証してしまったのです。
商業アニメ制作は集団作業で、職人的な作業の積み重ねで支えられています。専用の機材や外注システムなどのインフラも前提でしたし、個人作業中心の小説や漫画とは対局にあって、両者には越えられない隔たりがあると思われてきました。
ところが個人発で作家性を打ち出しつつ、なおかつクオリティ的にもビジネス的にも成功をおさめるアニメ作品が出てきたのですから、既成概念の壁を崩す大事件でした。
以後、個人制作アニメは注目すべきジャンルとして確立し、続く作家も登場するようになりました。『イヴの時間』など他にも成功事例はあるものの、残念ながらこれまでの商業アニメに比肩されるような豊かな作品が続々と登場するという事態はまだ起きていません。その理由を原点の『ほしのこえ』に戻って考えると、目指すテーマや姿勢が「個人制作」という方法論とベクトルが一致していたことが重要だったことが分かります。
つまり、「個人の感性を前面に押し出し、物語とシンクロさせる」「自分の目で見た風景の美しさを絵に置き換えて表現し、登場人物の感情に乗せる」といったことが、作品の様式やサイズとマッチしていたのです。言ってみれば表現と内容がイコールとなるまで凝縮されているからこそ、既成の商業アニメ作品とは異なる手触りのある作品だと観客に認知され、驚きを生んだということではないでしょうか。
その後、新海誠監督は個人制作ではなく規模の大きな作品へと挑戦を始めますが、
作家としての特徴や魅力は『ほしのこえ』に結晶化していると思います。
そんな原点を念頭に置きつつ、9年を経た監督がどんな高みをめざそうとしたのか、
最新作『星を追う子ども』でぜひ見届けてみたいですね。では、また次回(敬称略)。