7月2日から待望の映画『鋼の錬金術師 嘆き(ミロス)の丘の聖なる星』が公開です。すでにテレビシリーズで2回、劇場映画化も2回目となった超人気作です。
今回はスピンオフとして、高いところから谷底へ落ちるなど王道の冒険活劇をめざした作品ということで、アニメーション本来のもつ画の構築力、つまり世界観を成立させる空間描写とアクションの魅力を存分に引き出した必見の娯楽映画に仕上がっています。
もちろん作画力では定評のあるボンズの作品なのですが、注目したいのは今回のメインスタッフが、スタジオジブリ出身だということです。
『ミロス』の監督・村田和也は、『コードギアス 反逆のルルーシュ』の副監督としても知られていますが、ジブリ演出研修の第1期生で、キャラクターデザイン・総作画監督の小西賢一もジブリが研修生制度を始めた第一期生として入社したアニメーターなのです。
スタジオジブリとは東映動画(現:東映アニメーション)が半世紀前に長編漫画映画を作り始めた時期から連綿とつながる、日本の伝統的な手描きアニメーションによる映画づくりを高畑勲・宮崎駿という東映動画生え抜きの監督が継承した現場です。そういう意味でこれまでのスタイルとはひと味違う映画のにおいがするのも、当然と言えば当然でしょう。非常に奥行き感にあふれた構図や、ひたすら驚きのある動きの積み重ねで見せる錬金術バトルなど、冒険の王道である物語とシンクロして、アニメーションの王道も楽しめるという相乗効果の仕掛けが、今回の映画最大のみどころでしょう。
筆者はよく冗談めかして「もしジブ」シリーズと呼んでいるのですが、「もしジブリ出身のスタッフが○○を手がけたら」という一群の作品は確実に存在しています。たとえば「もしジブ・富野アニメ版」が、小西賢一と同期入社の吉田健一がキャラデザと総作画監督を担当した『オーバーマン キングゲイナー』、「もしジブ・今 敏アニメ版」が、やはり同期の安藤雅司(『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』の作画監督)がキャラデザと作画監督を手がけた『東京ゴッドファーザーズ』『妄想代理人』『パプリカ』というわけです。
小西賢一に話を戻せば、スタジオジブリ時代の代表的な仕事は『ホーホケキョ となりの山田くん』の作画監督で、ここで筆のタッチを活かした作画が話題になりました。これがやはり線の強弱を活かした『ドラえもん のび太の恐竜2006』(もしジブ・ドラえもん版)につながっているわけで、作画の仕事として非常に面白い試みを打ち出している注目のアニメーターです。フリーになって以後の小西賢一は、今 敏監督の『千年女優』の作画監督を手がけ、森田宏幸監督(『猫の恩返し』の監督)によるGONZO制作の『ぼくらの』でキャラクターデザインを担当するなど、柔らかい作品からハードな作品まで、幅広い仕事のできる万能選手という印象もあります。
今回の『ミロス』でも、荒川弘によるマンガ版の少し柔らかめのキャラの特製を活かしつつ、こうした硬軟取り混ぜた小西賢一・作品歴の集大成になっているなと、筆者は感慨深く見ました。もちろんハガレンらしい、真剣に生きるエルリック兄弟が生命の根幹に迫るというハードなストーリーはでハラハラドキドキと魅力的に見せつつ、夏という「アニメの季節」にふさわしい娯楽映画としての満足感もありつつ、新しい地平を見せてくれた気がします。そこに「もしジブ」シリーズ最新作・ハガレン版という側面があるというのは、興味深いことだと思います。
いまやスタジオジブリは一種のブランド化していますが、ブランドが自動的に作品をつくるわけはありません。
いろんな場所で、あまり知られずに花開くジブリ的なものにも注目してほしいのです。アニメーションは共同作業ですし、あくまでも「人」がつくるものです。培われた伝統の技術が、人にくっついて種のように広がり、いろんなスタジオ、いろんなクリエイター、いろんな原作に根をおろして融合することで、またそこから新しいアニメの花が咲く。こうした発展的な流れをみることもまた、アニメ鑑賞の楽しみのひとつなのです。
エンディングクレジットをよく観察すると分かりますが、ここで挙げたアニメーターたちは、誰かがメインのときには原画に入るなど、つねに「互助」の関係にもあります。日本のアニメの魅力は「手描き」にあるとよく言われます。それを支える「人」の秘密も、そんなところからかいま見えるのではないでしょうか。では、また次回(敬称略)。
第32回 映画『鋼の錬金術師 嘆き(ミロス)の丘の聖なる星』と「もしジブ」シリーズ
[ カテゴリ 氷川竜介のチャンネル探訪 ]
2011年07月04日 11:49
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