第37回 『少女革命ウテナ』小林七郎の美術を楽しむ

[  カテゴリ  氷川竜介のチャンネル探訪  ] 2011年09月16日 13:05

月額1,000円見放題サービスがスタートしたタイトルの中でも『少女革命ウテナ』が人気と聞いて、とても嬉しくなりました。
現在オンエア、配信中の話題作『輪るピングドラム』の影響でしょう。
あのアニメでしか描けない華麗で激しく美しい幾原邦彦監督の世界観のルーツを知りたいなら、たしかに『ウテナ』を観るのがベストなわけです。
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 ひさしぶりに再見してみたら、まずは大ベテラン小林七郎さんの美術に感動してしまいました。この美的センスにあふれた背景は、やっぱり『ウテナ』の表現力を底の部分から持ち上げているものだと思います。『ガンバの冒険』、 『あしたのジョー2』、『ルパン三世 カリオストロの城』、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』などアニメの歴史的名作を支えてきたその美術は「絵画」であることを重視したものです。
 小林プロダクションの背景は、よく観察してみるとどの画面、どのカットでも、必ずフラットに見えないような工夫があることがわかります。人間の目の視覚的な集中力が自然にすっと向かう部分と、そうでもない部分が用意されていて、そうした疎密のバランスが演出的な効果を高めて観客の意識を触発するのです。
 背景の中には、描きこまれたポイントと、白に飛ばすか暗く潰すか色だけになっている部分が大きくエリアとして用意されています。それも単純なリアリズムではなく、たとえばキャラクターの周囲だけすっとヌケていてその人物を際立たせて見せるとか、バックの半分が黒くなっていて感情を反映しているとか、観客の心情を膨らませるための余白としてのエリアなわけです。
 舞台や実写映像で言えば「大道具+照明」に相当する効果があって、セルを置いた完成画面が「絵画」として完成するようにも描かれています。セルの色彩設計も『ウテナ』は非常に美しいですが、背景もそれを前提にした配色が選ばれていて、「絵としてのトータルパワー」をぐっと向上させています。実際、撮影処理がほとんどない撮りきりなのに、処理があるのと同等の効果を上げているカットが多くて、改めて感心しました。
 緻密なように見えるところについては、マジック等で黒くポイントが強調されていたり輪郭が補強されていたりするのも、小林プロの背景の大きな特徴です。広い面積のところでは筆目のタッチも活かされています。つまり細部においても絵画的な疎密が意識されていて、画面中で何が大事なのか、描き手の主張が伝わってくるのです。特に石細工の壁面や彫刻像、あるいは決闘場に昇る階段などはこうした技法の集大成で描かれていて、独特な質感と存在感を醸し出して、激しくもスタイリッシュなドラマを盛り上げています。

(C)ビーパパス・さいとうちほ/小学館・少革委員会・テレビ東京
 現在、特に深夜アニメで美術と言えば、現実世界をロケハンしたような緻密に描きこまれたものが主流だと思います。レイアウト上のパースなども定規や3Dソフトで直線による遠近をカッチリとったスキのないもので、小物や看板類など細かいものも略さないようになってます。加えて撮影(コンポジット)でフィルタ効果などをかけ、背景の光の照り返した部分をより光らせたりボカしたりすることで情報量を増やし、非常にみっしりと、あるいはこってりした背景が多くなっています。
 それに慣れた目からすると、『ウテナ』の美術は、あっさりと、さっぱりとして見えるかもしれません。しかし、問題は画面全体からぱっと立ち上ってくるインパクト、あるいは感動の燃料となるエネルギーの有無だと思うのです。ひさびさに『ウテナ』の背景を見て、心がどきっとさせられる瞬間が何度かありました。その種の芸術的な感動をもとめて、アニメを観ているんだなと再確認できました。『輪るピングドラム』もまた、そうした絵画的感動の文脈に位置づけられる作品だと思います。残念ながら小林プロダクションは2011年2月に解散しましたが、後進の美術監督が大勢アニメ業界でがんばっておられるので、今後にも期待しています。では、また次回(一部敬称略)。

(C)イクニチャウダー/ピングループ