第40回 ハイクオリティアニメの開拓者『超時空要塞マクロス』

[  カテゴリ  氷川竜介のチャンネル探訪  ] 2011年10月31日 12:03
今年(2011年)秋のアニメ新番組を観ていると、本当にクオリティの高さに感心します。
地上波デジタル放送へ完全移行した初のシーズンであるためか、 「ここまで作り込まないといけないものなのかな」と、つい思ってしまうほどです。 「クオリティ」にはさまざまな意味がありますが、ここでは画(映像としての絵)が観客の目をひく「重み」全般のことと定義しましょう。
 元来アニメーションとは自然界に存在する事物を抽象化し、記号化したうえで誇張して表現するものです。 たとえば自然界では明度差は連続的に変化しますが、セルアニメでは1色のベタ塗り、または1〜2色を加えてカゲやハイライトでシンプルに表現します。つまり情報を「軽く」しているわけです。その分、たとえば作画枚数をかけてキャラクターの表情や仕草をていねいに追って芝居をつけるというような芸術です。情報量の多いディテールを足して「重み」をつけることは、ある種矛盾した行為かもしれないのです。
 この状況が変化してクオリティの重みが増し始めるのは1970年代後半、今で言うハイターゲット(中高生以上)の観客が誕生して以後です。 特にSFアニメの分野では、戦闘シーンでキャラに代わって宇宙戦艦やロボットなどの空想メカが主役となることが情報量の増大を引き起こしました。想像力ベースでデザインされたSFメカの実在感、戦闘の臨場感は、絵の中のディテールを増やすこと、そして現実世界に存在する現象を省略せず緻密に追うことによって確実に増すからです。
 これは実写ではミニチュアや合成を駆使した特撮(特殊撮影・特殊技術)の分野です。海外ではスペシャルエフェクトと呼ばれ、『スター・ウォーズ』('77)のヒット以後は「SFX」と略されるようになります("FX"はエフックスと音読できるため)。 第35〜36回で取りあげたアニメーター金田伊功さんも、この文脈の中でメカや爆発などが映える戦闘の独特な表現で頭角を現し、専門職としてのエフェクトアニメータのパイオニアとなります。後に「メカ作監(作画監督)」と呼ばれる職種とほぼイコールです。
 そのエフェクトアニメを次の段階へとブレイクさせ、ハイクオリティの時代を招来したのは、1982年の『超時空要塞マクロス』でした。 メカ作監・板野一郎さんは、すでに『伝説巨神イデオン』の重機動メカ“アディゴ”が高速で移動しながらミサイルを斉射するメカアクションで話題を呼んでいました。この『マクロス』で、その緻密な作画は「板野サーカス」と呼ばれるようになります。

(C)1982 ビックウエスト
 第1話「ブービー・トラップ」では、敵宇宙戦艦の表面装甲の継ぎ目や微妙なうねりなどを省略せずに描き、しかも爆発シーンではそれが内圧でめくれて構造材を見せつつ、内部の機械類の破片が散らばるという、設定書に描かれていない部分まで緻密に追ってアニメートしています。ミサイルも画面に何発あるか不明なほど多数描かれ、軌道もすべて独立しながら動くばかりか、時にカメラを追い越したような動きを見せます。ここで言うカメラはアニメの場合存在しないものですが、あたかも存在しているかのように作画することで、さらなる臨場感が増すという仕掛けです。< そんな板野サーカスで見応えあるのは第18話「パイン・サラダ」です。マックスとミリア、敵同士として接触した2人の天才パイロットが繰り広げる空中戦では、変形しながらミサイルを撃ち合うときの立体的なカメラワークが壮絶です。探知して追うミサイルの軌道を変えさせるため、バルキリーがダミーの熱源を出して回避するなどのディテール描写も満載。それはコマ送りでないと分からない仕掛けですが、人間の眼は一瞬の劇的な変化も「重み」として認識するもの。
つまり「ものすごいことが起きてる!」という驚きや興奮も、クオリティというわけです。
 『劇場版マクロスF〜サヨナラノツバサ〜』のDVD、BDリリースもあって、月額1,000円見放題サービスマクロスシリーズを再見している方も多いでしょう。ぜひこうした「ハイクオリティ」の考え方が歴史的にどう変化していったかにも想いをはせつつ、楽しんでいただけたらと思います。では、また次回(一部敬称略)。